2018年6月28日木曜日

6.27 心の疲れ

心の疲れがあって、小雨模様で、
大船渡市防災観光センターにて読書。
心が疲れると、きまって本を読んだり、歩いたり、
カフェに行ったり、風呂に入りに行ったり、
その昔だったら軽くパチンコしたり(震災後はやっていません
もともと小銭しか使わないし、煙草イヤなので)

静かな環境より、ちょっとBGMがあるほうが読書は進みます。
読書は、自分にない感覚を取り入れることで
脳のデトックスです。
 何人か勉強していました。
雨が止んだので、フラット歩きました。
落ち込んだ時、悲しい時、
よく海を見に行ったり、散歩を昔からしていました。
これはデトックス効果もあるし、
自分の心はそうやって再生してきたと
身体が覚えているからでしょう。
落ち込むことはありますが、
イラつくことはほとんどありません。
自分の機嫌を取ることが周りを照らすと
信じているからです。

6.25 気仙川沿い(竹駒町~高田町)

twitterでは公開済ですが、本体ブログの更新が遅れております。
この時間になると、どうも疲れがどっとでてしまいます。

さて、もう4日経ちましたが、月曜日に歩いた、
竹駒町十日市場(薬王堂付近)~気仙川沿い、
あずらいしの橋があったあたり、高田町の中川原や大石沖あたり、
旧線路につたって歩きました。

この頃、未開拓の場所をたくさん歩いております。
それでは、ご紹介いたします。

さて、出発です。
復興のシンボル的な三陸道の気仙川大橋。(未開通)

そういうわけで、ここは日中は入れないのす~

かつては、ガス会社とがありましたね。

橋を越えるとトンネルがすぐあるようです。

長谷川建設のダンプがたくさん停めてありました。

橋の先の方は矢作町の島部です。

工事グネグネ道で正規のルートではありません。

完全に川に沿って迂回しています。
砂利道。

仮道路。
本道路は写真左、山側です。

そう、山側が震災前からの道路。
市道見世前線。

気仙川の雄大な流れ。
対岸は気仙町の神崎、荒川、中井方面。

ここで正規の道路に戻ります。
 ここは高田町。
この辺に村上道慶翁を讃える碑があったはずですが。
 この辺はどうなるのだろう。
橋の復旧はすると聴いているが。
すれ違い出来ない橋だったなぁ。
THE・気仙川

 ここはJR大船渡線。大石の踏切があった場所。
先の方にはレミコン工場があった。
ふみきりっていうスナックもあったな。
 歯科にシカと監視され (^-^;
 真っすぐ行くと気仙町。
姉歯橋のあたりに出る。
高田第一中学もみえる。

 気仙川を越える、国道340号線の大橋の橋脚、
橋ができるのはいつ、3年位はかかるべ~~
何で橋を先に作るか、
これ昔から謎?
どこの工事でもそう。
 こりゃかかるね~
対岸に済生会陸前高田診療所
いい夕日だ!

 線路の跡。
陸前高田市に鉄道が通っていたなんて歴史になってしまった。
今の子はそれを知らない。

現在、鉄路復旧を要望し署名されているかたがいるようですが、
思いは同じですが、これには私は賛同しかねます。
何でも作ってくれ、やってくれではなく、
みんなでBRTの利用率を上げて、
そこでJRに話を出せば、署名以上の説得力があります。
個人でBRTを使うほかに、
BRTを利用したくなるイベント、例えば駐車場の少ない駅近くでイベントを
行って、車で行けない代わりに利用してもらうとか
いろいろ考えられることはたくさんあります。
あくまで、個人的な考えです。
 トンネル跡。
鹿は通ってるかもね~
 畑は昔からあったね!
書き忘れっとこだったども、
ここは白鳥がいっぺぇくっとこなのす~
何の碑か把握できず…

綺麗です(*^_^*)

ここも線路跡ね。

歩行距離 2.60km 歩行時間28:52

周辺地図

2018年6月26日火曜日

国道45号 気仙町今泉地区道路切り替えのお知らせ


国道45号及び矢作方面への接続道路の切り替え日…7月2日(月)予定
愛宕下地区内の一部新設道路の供用開始日…7月4日(水)予定

星石油SSに入るには、オカモトセルフのように道路から下がる感じになります。
気仙大橋から気仙沼方面に行くときに、大きく左に曲がる感じになります。
今泉地区高台に行くには大きく、右折迂回し、嵩上げ部を通る形なります。


キャピタルホテル ビール祭り2018

キリンビール各種(6種類)が2時間飲み放題!!

7月21日(土)



地図


6.24 赤崎町中赤崎漁港周辺

先日の越喜来に続いて、歩くのは始めの場所。
赤崎町中赤崎地区です。
仕事の拠点の都合から、こちらもしばしご無沙汰です。
去年は雨の中、山口の漁港から花火を見たのですが、

何せ散歩は田舎だと目立ちますので、
日曜朝の天気の良い日が気持ちも良く
最適です。
なわけで、今回は中赤崎の中でも海岸!
防潮堤他、工事中が多く、車は通行だけれど
歩くことは可能な場所を歩きました。

震災前は、主要地方道沿いは店舗や事業所も多く
建ち並んでいた地区。
今はこのボランティアが作ったバス停が目印。
住居の多くは高台移転、
また多くの方が町外へ転居してしまった
被害が多く、復興工事が遅れた地域でもあります。
中赤崎とは、赤崎町の行政区
(生形、宿、山口、後の入、大洞など)を指します。

赤崎グラウンド。
ここは立派なサッカーグラウンドとして今年に
整備が完了しました。
旧赤崎小学校のあった場所です。
新校舎は写真の右上です。
左側では、赤崎復興市が
春~秋にかけて日曜日に週2回くらいでしったっけ。
行われています。
オアゾースイーツのクッキーなども
格安で販売されています。

で、散歩開始ですが、
まだまだ工事中。
漁港って久々に見た気がします。

この地域では海洋土木系の機械をよく見かけます。

ガタガタ道

工事真っ盛りです。
このようにハードの整備がまだまだなのも被災地の現状です。

ここに立ったのは10年ぶりくらいかなぁ

海側にもお家もけっこうあった。
なおして済まれている方も。
親戚宅もこの辺にあった。


 ソーラーを活用した避難警告灯は心強いですが
さらに警報音や誘導音声もでればいいでのはと
個人的に思います。
釣りとかで、土地勘のない人も来ているしょうしね。
しかし、この中赤崎地区は津波防災意識がもともと高く
自主防災の機能や訓練も徹底していたところです。
被害は大きかったですが、
避難行動も他より速かったのではないでしょうか。
交流センター

このくらいの防潮堤が中小の津波は
守ってくれるとありがたいですが
逃げることを忘れずにです。

対岸には大船渡町の中心部が見えます。

復旧過程!
この道路ですが、震災前から工事が進めらていて本当は
永浜・山口地区工業用地への最短アクセスとして
主要地方として整備されていたんです。
その過程での災害でした。


後の入川河口周辺。

大船渡の主要産業セメント!
赤崎町の跡浜が工場です。
がれき処理など、震災直後から
役割を果たしています。

主要地方道。
現在は浸水域を免れるように山側に
道路の付け替え工事を行っています。

仕出し屋さん。
うーん、このへんは郵便局、床屋、消防屯所…があったよね。

 赤崎公園、漁村センターへの階段。
多くの命をあの日繋いだ階段。

この公園には初めて来た!

 避難所となった漁村センター(赤崎地区公民館)
この敷地内まで津波が到達し、
ひなさんされた方は建物2階や屋上まであがったと聴いている。
このセンターも高台に近く移転工事が始まる。
過去の津波記念碑です。
でも、さらに上に避難としないといけないが、
今回の震災の教訓。

いっぱいお家があったがね…
山手には八坂神社。お天王様。

公園から海側。

休憩できるベンチも。


公園への階段、上から。

きっと鉄筋でかためてあるのでしょうね。

個人的にホッとするショットです。

周辺地図